人工知能はYOUはSHOCKを生み出せるのか

ここ数年、人工知能の話が流行ってる。意識高い系の人たちには難しいかもしれないが、俺頭いい系の人たちには格好の燃料だよね。

90年代から、AIに興味のあるメンヘラーという変わった立場からAIを追っかけてきた身としては、「なんだかつまらない話をみんな夢中でしてるなあ」という印象があるよ。90年代と同じような話を非常に多くの人がするようになった結果、アタマおかしい一派(シンギュラリティ待望派)の望む凄く陳腐な世の中が現実になってしまう危惧を感じる。

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ITは気だるい

今の若い人は、youtubeでお気に入りの音楽を聴く人が多いと思う。時代に関係なく、自分のフィーリングに合う曲を選んで聴くのだろう。若い人を誉めないと、加齢の恐怖から逃げられない大人は、これをいいことだというかもしれないが・・・どうだろう、本当にいいことだろうか。

 

本来生命体には時間の感覚が備わっているが、その意識が希薄になったときにどうなるか。

 

森博嗣の小説「スカイ・クロラ」の飛行機乗りであるキルドレ達は、成長しない思春期の子供のままの設定だ。戦闘に出て撃墜されるなどしなければ、寿命もない。この小説を読んでいると、キルドレ達がいつも、けだるさとか所在無さといった感覚を抱えていることに、息が詰まるような気持ちになってくる。整備士は普通に成長する人間で、キルドレは彼らに羨望を抱いていたりする。

時間の感覚が希薄だと、キルドレのように所在無さや浮遊感、けだるさにさいなまれそうに思う。自分はニート時代を思い返して、やはり時間の感覚の希薄さから来るけだるさというものがあったと思う。「人類は宇宙を第二の故郷として、子を生み育て、そして死んでいった」的な、自分の時代・時間という感覚。これをyoutubeで音楽を聴く行為は希薄化してしまったかもしれない。逆にyoutubeによって新しく立ち上がる時間感覚はあるかというと・・・?自分は知らない。

 

飛躍するようだけれど、今の日本は迷走しているのでゴールが見えず時代が分からず、キルドレ的けだるさを皆が抱えている。ITはその一因か、強化要因に思えて仕方がない。

 

面白いゲームはやってらんない:島国大和のド畜生
http://dochikushow.blog3.fc2.com/blog-entry-2624.html

 

このブログでいわれている、ボタン連打しかしたくないというダルさ。キルドレは、いつもタバコを吸っている。街の人間は、ソシャゲでボタンを連打し、パチンコを打っている。

感覚入力を貧しくしてはいけない

どこかで、youtubeで音楽を聴いて満足している小学生女子にカルチャーショックを受ける20代前半のブログを見た。90年代生まれなら、まだCDの原体験があるのですね。

 

その小学生と20代のやり取りに、

20代 「youtubeじゃ音質悪いじゃん?」

JS「私は音楽が聞きたいんであって音質はどうでもいい」

というのがあるのだけど。

 

今のオッサンオバサンは、時代遅れになること(若者的でなくなること)に恐怖しているので、JSの意見を時代の流れとして、単純に迎合したり仕方なしとしたりするのよね。youtubeでは音だけでなく画質もよくはない。画像の製作の仕方とディスプレイの性能によりいい画質の映像も見られるけれど、youtube耽溺層というのは画質にも無頓着な人が多そう。特にJSみたいな若いケースね。

 

感覚器官への入力が劣化することを肯定する、こういうのを進歩といったケースは、かつて何かあったかな。人によって重要視する感覚器官は違う。グルメな人は舌、音楽愛好家は耳、女好きは以下略、どこかしかの感覚入力を豊かにしようとするのが人間だと思うのだけれど。

感覚刺激豊かな物理オブジェ+看板
感覚刺激豊かな物理オブジェ+看板

ソーシャルな物書き連中はきっという。人々は、感覚入力から人々の繋がりへと重視するものを変えたのだと。だけど、かつての感覚入力趣味人は人との関係を無視や軽視していたのだろうか?オタクであっても、オタクとしての人間関係はあったはずじゃないか。

 

つまり、現状は感覚入力に対する感度の低下が起きているだけともいえる。これも、デジタルによるチープ化の結果。だから、旧感覚入力趣味人は、若い人にその素晴らしさを語るのを止めてはいけないんですよ。