BABYMETALが物語として弱いのはね

らき☆すたなどの監督をやった山本寛さんが、BABYMETALの東京ドーム公演の感想を書いている。

BABYMETAL(山本寛 公式ブログ)

感動されたようで何よりだが、少し引っかかったというか興味を引かれたところがある。

僕は昨日のニコ生でも言った通り、グループアイドルの最初にして最高は「キャンディーズ」だと考える。
それは今でも変わってないし、「アイドルとは物語」という僕の主張に照らし合わせれば、BABYMETALはやはり少し弱い。

山本さんは写真を見る限りキャンディーズ世代より若い気がするが、いいたいことはわかる気がする。

現実と仮想、どちらが現実か

「アイドルとは物語」というのが、キャンディーズでいうデビューから普通の女の子までの一連の流れだとするなら、わかる。そして、その部分の印象が弱いからこそ「キツネ様のお告げで・・・」という設定が、こりん星のようにならないのだ。

「デビュー」したり「卒業」したり「売れたり売れなかったり」するのは、いわゆる現実世界での出来事だ。そういう物語を楽しむということは、そのアイドルの存在する世界が現実世界であることと認識することに近い。まあ、軸足を仮想世界と現実世界どちらかに置くかという話だが、BABYMETALは9割がた仮想世界に置いているし、ファンもそういう意識を共有している。

現実世界を仮想としてとらえると「こりん星」になる。これは山本さんのいうように、アイドルの加齢や世情の変化でシフトしないと「痛い」ものになったりもする。シフトしても痛いかもしれない。語るほうもネタに合わせる努力が必要になり、それをし損なった状況が生まれればフォローしないといけなかったり、とにかく「痛いものだけど楽しもうや」という前提がある。痛車みたいなものだ。

仮想を現実としてとらえると「BABYMETAL」になる。これは、作るほうが「これは本当の話なんです」という姿勢で徹底しているのが、まず強力だ。「設定」ではないのだ。ファンにも、ニワカから強者までいるが、「あれは神が降りているんだ」と知らない人にけっこう本気で語ってしまえるファンは多いと思う。

というか、ニワカがライブを見れば神が降りていると思うのではないか?

ここでは、3人が存在するのはBABYMETALの存在する世界の中であって、人々が悲喜こもごもで生活している世界ではない・・・。したがって、アイドルとして成長したり卒業したりしない・・・。それはさくら学園のとき十分してしまったのだろう。

仮想の中にいるとか現実の中にいるとかそういう分野は、筒井康隆が面白い研究をしているらしい。彼の作品を読んだことがないのだけれど。

旧EVAと似ている

BABYMETALは、既存ビジネスの枠組みに忠実だったり、それを研究している人には理解しがたい衝動で作られている(だから、KARATEを海外向け にテーマを選んだとシンプルにいってしまう海外在住グローバル脳にはわからない)。けっこう産業化してるアニメ監督がBABYMETALを作ることも、難しそうだ。

BABYMETALいうなれば、旧EVAが成立した状況に近い。両方とも神話がモチーフだ。EVAは聖書、BABYMETALは日本神話だ。このあと、90年代後半のEVAが炸裂した時代と同じようになる可能性は十分あるし、今回巻き込む外国人は音楽ファンというのがすごく興味深い。

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