ポリティカリーコレクトは必要悪程度のこと

しばらく前に、乙武さんが車椅子で行った飲食店に入店を拒否された件で世間が大騒ぎになってたね。それで、みんなの党(略称みんな)の松田議員とか、Twitterで凄い勢いでポリティカリーコレクトネス(PC)についてツイートをしていた。ノマド界で有名な大石哲之さんとか、結構なんつーの、今後の日本はグローバル世界とどうこういう文脈で語る側の人は、乙武さん側を正しいとしないと絶対的にまずいというのを力説していたのが印象的だった。

そうしなければ世は治まらないし、日本もそういう世界に飲み込まれるんだということなんだろうけれどね・・・怒りがこみ上げてくるばかりでしたよ私は。

ポリティカリー・コレクトネスの課題
http://mozan.typepad.com/totani/2012/11/%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%81%AE%E8%AA%B2%E9%A1%8C.html

障害者側からみる乙武氏入店拒否問題その2
http://blogos.com/article/62830/

この二つは同じことをいっていると思うけど、つきつめればここに行き着くからね。PCで世を安定した挙句に、歪んだ世の中ができるわけで。

F1の最高権威バーニー・エクレストンは、女性F1ドライバーというのは可能か?という質問を受けると、可能だし歓迎するというコメントをするわけなんだけど、これもPCなんだろう。男女平等の建前。だけど自分が考えるに、もし女性F1ドライバーが可能だとしたら、F1というかモータースポーツというのは肉体的負荷が少ないスポーツであるということになると思う。ほとんど全てのスポーツ競技では、肉体能力の差から男女が一緒の土俵で競うことはない。

モータースポーツでは、インディーにダニカ・パトリックという女性がいる。優勝が1回と2位3位が何回かあるくらいの成績らしく、何年もドライバーとして在籍し続ける水準はクリアできているみたいだ。F1にも、90年代初めにジョバンニ・アマティとかいうのがいたが、予備予選も突破できず数戦で撤退(弱体チームだったが)。そのずっと昔に1回だけポイント獲得した女性F1ドライバーがいたらしいのだが、自分は知らない。

ダニカの例はどう扱えばいいのか分からないのだけれど、まあ、そこそこの成績程度だしダニカ一人だしね、というところか。女性ドライバーが何人も算入できる競技になってしまえば、F1もおしまいとは思う。それでも「女性ドライバーは増えるべき」とバーニーがいわなければいけないのがPCであり、その言葉を拠り所に勝ち目の少ない勝負を女性が挑んでいるとしたら、本人が望んでいるからいいか程度のことしかいえない。

ポリティカリーコレクトは、よくいってせいぜい必要悪程度の存在ですね。

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