情報は自由になりたがっている論は取り扱い注意

ハッカーには、ホワイトハットとブラックハットがおり、システムの脆弱性を探し報告するなど、前者は善意でハッキングを行う。こういう話がありますね。昔は、ハッカーとクラッカーを混同するな!と怒る日本人(技術レベル不明)が、ネット上によく見られました。だけどこれも、危ういバランスの上でしか成り立たない話です。

ある本に、興味深い話が載ってます。アメリカの研究者が、ペースメーカーを携帯電話でハッキングしてオフにし装着者を殺す方法を、研究の結果発見したらしい。その方法がどの程度詳細まで公開されたのかは分からないけれど、ともかく成果として発表されたらしい。これも、情報公開が善だと信じている人々の行為。存在する脆弱性を知らない人々に、危険を知らせるという言い分で行われたわけです。

だけど、この本の著者も言ってますが、この方法の存在にたどり着くまで、一流大学の研究者が2年研究しなければならなかった。しかも、普通は手に入らないペースメーカーの技術情報も入手しないと、研究できない。つまり、誰かがこの方法をわざわざ発見して攻撃するリスクなど、無視できる程のはず。さらに、携帯電話でペースメーカーを停止される恐れがあると知った装着者は、その危険から逃れるために何度も高額な手術をしなければならない。これなら、そんな情報は公開されない方が世のために決まってますよね。

「善意でやっている」は多くのハッカーの中で、自分の好奇心に従うための言い訳だったんではないか?と、訝ってます。

ハッカーやギークといった人種に備わる、ある種の自意識は何なのだろう。機械や電気の技術者が、それらの技術が先端だった時代にギークと似たような生意気に見える自意識を持っていたように思えないんだけれど、無知なんだろうか。ハッカーとクラッカーは違う!と怒りながらネットに書いている人を最後に見たのは、数年前だったかな。いつまでそんな古臭い主張をしてるんだろうと、苦笑しました。

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