情報空即是色

アメリカ西海岸発症のコンピュータカルチャーに影響を受けた人は、よく「情報は自由になりたがっている」とか「情報は無料になるべき」という信条を持っています。信条というより、客観的正当性を持った事実と認識しているかな。自分は、この考え方に強い拒否感を抱かずにおれない。

まず、情報に意志があるかのように考えるのはなぜなのか。人間が情報を自由にした方がいいと思うかどうかによって施策を変えて、その結果として情報が自由に見えたりそうでなかったりするだけですよね。複製にコストがかからないので流通を止めるのは不可能もしくは不自然というギークの人たちの解釈は、技術決定論でしかないです。それなら、関税みたいに情報障壁を作ればいい。これにはきっとイデオロギー的な嫌悪感を抱くのだろうから、「世界市民」「人類に国境はない」というような類いの言説と似た臭いを感じてしまいます。実際国益にも関わってくると思うしね。amazonもgoogleもすべてアメリカ企業。グローバル企業じゃないかというかもしれませんが、いずれにしても日本にとって味方とはいえない。

次に、情報が自由になた結果世界がよくなるとは、あまり思えないこと。情報が自由に行き渡った世界というのは、いうなれば原始生命のスープというか人類補完計画遂行後の世界というか。すべてが単なる”1″になってしまい、多様性も意外性も無い世界。いま少しそっちに流れてますよね、既に。ネットを見ていると、平板な気持ちにさせられることが多い。せっかくそれぞれの生命(情報)に分化したものを、また原始スープに戻す必要はないと思います。シンジ君も、補完を拒否して「みんなといること」を選んだじゃないですか。

ちょっとした知人と現代社会について哲学風に話すときがあるんですが、現代は色即是空の方向ばかりで空即是色の方向がないという話になりました。「このエントリーでいえば、個々の情報が「色」、情報がすべて一緒になったスープが「空」。自分は、ソーシャルゲーやユニクロの流行なんかもその一例だと思うのですが、均質な情報スープの中にみなで溶け合って消えていく、そんなイメージが大変に嫌いなんですよね。空即是色の方向に社会を動かすのは、ジョブズみたいなパラノイドだそうです。パラノイドはいわゆる偏執的な人種ですね。日本だと、そういう人種はみなメンヘラにされてしまっているので、世の中がどんどん平板になって行ってしまっている。

結局のところ、多様性というのは障壁がなければ消えていく。ここを逆に考えている人が多過ぎるのが、問題なんだと思います。創造性を上げるには「孤独」になれ。そんな考え方も、読んだことがあります。

2 Replies to “情報空即是色”

  1. 通りすがりコメントさせてください。「情報」についてです。
    べき論とは違うのですが、情報は拡散する性質があると考えています。
    シャノンの情報理論の式を見ると熱力学のエントロピーと同じ形の式をしています。
    これにのっとると熱と情報は同列に考えることができます。
    熱は遮蔽するものが無くて温度差があればどんどん広まって冷める方向に向かいます。
    情報も同じでホットな話題ほど、規則や禁制を破ってどんどん溢れて広がる傾向があります。
    断熱材に相当するものが今までは組織の壁だったり言語の壁だったりしたわけですが
    ネットの出現とともに断熱材に穴ができてきているというのが今の流れであると感じます。
    しかし温度がすべて同じ平滑化された世界になるところまでは行かないと思います。
    利用価値のわかりにくい情報や難解な情報は広まりにくいですし、そもそも今の地球も
    熱いところや寒いところがありますし。
    駄文失礼しました。

  2. 「自分もいつか死ぬ」
    と体感した瞬間から、この世界のルールが変わるんだと思います。
    「生きているうちに、どこまで技術革新を加速できるか?」
    というゲームにね。

    そのゲームからすると、情報を遮断するとか、実利を追求するのは、悪になるんだと思います。

    あと、この記事にだけ2件もコメントが付くのは、やはりここに、「何か」が隠れているからだと思います。

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