もう子供を乗せるのを止めては?

今日はエヴァQの2回目の鑑賞に行ってきました。特に新しい発見は無く、前回鑑賞時の印象がより強まりました。

ミサトらのシンジへの態度は、14歳の子供に対する態度としては厳し過ぎる。そもそも、前回までにサードインパクトのことをほとんど説明していないので、落ち度があるのはリツコやミサトら大人でしょう。シンジを危険物として機械的に処理するという態度にも徹し切れておらず、WILLEというのは非常に危なっかしい組織に見えます。比較して、NERVの、ユイのことを語って聞かせる冬月や、自分のシナリオを粛々としたたかに進めるゲンドウすら、WILLEのビジョンレスな余裕の無い様子と比較すると、大人に見えます。

ぷちえヴぁ 綾波

Qを見て、シンジをまたダメシンジに戻ってしまったという感想を持つ人は、逆に大人としての精神成熟が行われていないと思います。大人ならば、14歳の身に余る苦悩を背負ってしまったシンジを、可哀相と感じるのが普通では?自分が精神的に成熟できておらず、「もっと成長しなくちゃ」とか「もう疲れたよ」とか葛藤を抱えた人は、シンジに自分を投影して「やっぱりお前はダメなやつだな」となじって見たりするんじゃないかと思います。

マジンガーの時代から、巨大ロボットには子供が乗せられてきました。視聴者に子供を想定しているからですが、90年代になって「大きいお友達」が増えてからも、巨大ロボに乗るのは子供であり続けた。するとどうなるか。子供のパイロットに自分を投影したままの大人が増えた。ロボットに限らず、学園物アニメでも同じことがいえそうですが、学園は子供を主役にせざるを得ないのが普通だから、仕方ない。

「エヴァの呪縛」
エヴァに乗ると成長が止まるという点を、オタクへの皮肉と取る感想がありました。結局のところ、「とにかくメカには子供を乗せなければならない」という呪縛じゃないかと思うのですが。

ガンダムブームの頃、シャアを見ながら「へえー、ハタチってのはこんなに大人なんだなあ」と思っていたもんですが、シャアのあれこれは今見れば40代の発言じゃないですか。とにかく若い年齢で登場人物を設定しなければならない呪縛がある。10代で世界の運命を背負い込むパターンも、そろそろワンオブゼムくらいには降格させてはいかが。

「子供の主人公に感情移入したままの大人」。補完されるべきは、この人たちでしょう。それともネオテニーとして保護すべきなのでしょうか。

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