お金は情報です(コメントへの返信)

前々回のエントリー「情報空即是色」に、コメントを頂きました。

http://mekpsy.net/human-with-it/91/#comment-8

コメント欄は設けてあるものの、初コメントは半年以内に来るかどうかと思ってました。ありがとうございます。

さて、このブログのタイトルは「エントロピー減少」です。熱力学や情報理論のエントロピーですが、まああまり厳密に考えず、無秩序から秩序だった方向へ向かう動きを重視したいという思いを込めました。生命体の本分は、エントロピーを減らすことだと思ってます。

情報といっても、色々な人が定義をしています。シャノンの定義はかなり狭義のものじゃないでしょうか。「情報は自由になりたがっている」というとき、どういう情報を仮定しているか・・・。人間の意識が介在して成立する情報まで、「自由になりたがっている」と主体性とか自律性を持つように扱っているのが、疑問なんですよ。

お金も情報ですよね。もろにデジタルデータに変換できる。お金はどうしてお金かといえば、人間がお金だと思っているからですね。つまり、人間の意識が介在して情報となることができるタイプの情報。そしてこのお金は、社会を問題なく運営するために人間が強くコントロールしている(うまく行かないこともありますが)。コントロールしなければ大変なことになる。市場原理主義で市場に任せるといっても、コントロールを止めるわけではない。

人間の意識が介在して立ち現れるタイプの情報は、お金と同じだと思ってます。人間社会をうまく運営するために、お金と同様うまくコントロールする必要があるはずです。お金のコントロール失敗による経済危機はわかりやすいですけど、文化危機やら学術的な危機、色々あります。

熱力学の熱と情報は、同じではないはずです。断熱材の穴が空いているなら、必要に応じて防がなければいけないのではないかと。

情報は自由になりたがっている論は取り扱い注意

ハッカーには、ホワイトハットとブラックハットがおり、システムの脆弱性を探し報告するなど、前者は善意でハッキングを行う。こういう話がありますね。昔は、ハッカーとクラッカーを混同するな!と怒る日本人(技術レベル不明)が、ネット上によく見られました。だけどこれも、危ういバランスの上でしか成り立たない話です。

ある本に、興味深い話が載ってます。アメリカの研究者が、ペースメーカーを携帯電話でハッキングしてオフにし装着者を殺す方法を、研究の結果発見したらしい。その方法がどの程度詳細まで公開されたのかは分からないけれど、ともかく成果として発表されたらしい。これも、情報公開が善だと信じている人々の行為。存在する脆弱性を知らない人々に、危険を知らせるという言い分で行われたわけです。

だけど、この本の著者も言ってますが、この方法の存在にたどり着くまで、一流大学の研究者が2年研究しなければならなかった。しかも、普通は手に入らないペースメーカーの技術情報も入手しないと、研究できない。つまり、誰かがこの方法をわざわざ発見して攻撃するリスクなど、無視できる程のはず。さらに、携帯電話でペースメーカーを停止される恐れがあると知った装着者は、その危険から逃れるために何度も高額な手術をしなければならない。これなら、そんな情報は公開されない方が世のために決まってますよね。

「善意でやっている」は多くのハッカーの中で、自分の好奇心に従うための言い訳だったんではないか?と、訝ってます。

ハッカーやギークといった人種に備わる、ある種の自意識は何なのだろう。機械や電気の技術者が、それらの技術が先端だった時代にギークと似たような生意気に見える自意識を持っていたように思えないんだけれど、無知なんだろうか。ハッカーとクラッカーは違う!と怒りながらネットに書いている人を最後に見たのは、数年前だったかな。いつまでそんな古臭い主張をしてるんだろうと、苦笑しました。

情報空即是色

アメリカ西海岸発症のコンピュータカルチャーに影響を受けた人は、よく「情報は自由になりたがっている」とか「情報は無料になるべき」という信条を持っています。信条というより、客観的正当性を持った事実と認識しているかな。自分は、この考え方に強い拒否感を抱かずにおれない。

まず、情報に意志があるかのように考えるのはなぜなのか。人間が情報を自由にした方がいいと思うかどうかによって施策を変えて、その結果として情報が自由に見えたりそうでなかったりするだけですよね。複製にコストがかからないので流通を止めるのは不可能もしくは不自然というギークの人たちの解釈は、技術決定論でしかないです。それなら、関税みたいに情報障壁を作ればいい。これにはきっとイデオロギー的な嫌悪感を抱くのだろうから、「世界市民」「人類に国境はない」というような類いの言説と似た臭いを感じてしまいます。実際国益にも関わってくると思うしね。amazonもgoogleもすべてアメリカ企業。グローバル企業じゃないかというかもしれませんが、いずれにしても日本にとって味方とはいえない。

次に、情報が自由になた結果世界がよくなるとは、あまり思えないこと。情報が自由に行き渡った世界というのは、いうなれば原始生命のスープというか人類補完計画遂行後の世界というか。すべてが単なる”1″になってしまい、多様性も意外性も無い世界。いま少しそっちに流れてますよね、既に。ネットを見ていると、平板な気持ちにさせられることが多い。せっかくそれぞれの生命(情報)に分化したものを、また原始スープに戻す必要はないと思います。シンジ君も、補完を拒否して「みんなといること」を選んだじゃないですか。

ちょっとした知人と現代社会について哲学風に話すときがあるんですが、現代は色即是空の方向ばかりで空即是色の方向がないという話になりました。「このエントリーでいえば、個々の情報が「色」、情報がすべて一緒になったスープが「空」。自分は、ソーシャルゲーやユニクロの流行なんかもその一例だと思うのですが、均質な情報スープの中にみなで溶け合って消えていく、そんなイメージが大変に嫌いなんですよね。空即是色の方向に社会を動かすのは、ジョブズみたいなパラノイドだそうです。パラノイドはいわゆる偏執的な人種ですね。日本だと、そういう人種はみなメンヘラにされてしまっているので、世の中がどんどん平板になって行ってしまっている。

結局のところ、多様性というのは障壁がなければ消えていく。ここを逆に考えている人が多過ぎるのが、問題なんだと思います。創造性を上げるには「孤独」になれ。そんな考え方も、読んだことがあります。